No.013

Green or Yellow?



「矢巾君は戦隊モノなら、グリーンかイエローだよね」
「は?」
「当てはめてみただけだよ」
 彼女からの突拍子もない言葉に俺は持っていたコッペパンを落としそうになった。彼女は楽しそうに微笑んだだけで、俺に確かな説明をしてくれない。どういうつもりで話したのだか理解できなかった。馬鹿な俺にも分かるようにもう少しくらい丁寧な説明をしてもらいたかった。
 俺と彼女は、はっきり言ってあまり相性の合うタイプではない。俺はバレー部で、彼女は書道部だ。性格は真逆とまではいかないが、クラスにいたらあまり関わりを持つ機会が少ないように感じるタイプだ。彼女は他人に意見を押しつけたり、酷いことを言うタイプではなかった。俺は愚痴が多いとか、一見チャラチャラ軽く見えるから、もしかしたら俺は彼女にとっていい彼氏とは言えないのかもしれない。
「なんで戦隊モノになったの」
「矢巾君と最初に知り合った頃思い出してたの」
「そんな前のことなんてよく覚えてるな」
 冗談。全部とは言わないが、さすがに彼女とのやりとりは覚えている。

***

 そんな俺と彼女が付き合うようになったきっかけと言えば、同じ委員会に所属していたからだった。高校生にもなっていまだに存在する委員会なんて、部活の邪魔にしかならない存在だ。
 おまけに、クラスでのジャンケンに負けたから所属することになったのだから、春にある初回の集まりなんて憂鬱の種だった。けれども、今にしてみれば最高に幸運な出会いであり、一応は感謝している。
 何気ない日常は、どこか白昼夢の中を彷徨っているような気分になることがあるが、初めて彼女としたやりとりは今でもやたらにリアルだったと記憶している。
 現実のことだから当たり前の記憶だが、当時、新体制になったバレー部のことで頭を悩ませていた俺からすれば、普段の日常なんて存在しているようで存在していないに等しかった。
 嫌々出席した委員会で、斜め前に座っていた彼女を眺めながら、うちの学年にあんな可愛い子いたんだって思った。前から可愛い彼女の一人くらい欲しかったなとは思っていたにしても、かっこわるすぎて後輩と戯れに言い合う程度だ。
 奇跡的に声をかけることができたのは、委員会で学年代表を決めることになった時だった。話し合いが平行線になり、仕方なくジャンケンをすることになったのだ。結果、ジャンケンで一番負けになった彼女になった。明らかに困った表情になっていたのをよく覚えている。誰だってなりたくてなったものじゃないのだから、当たり前の反応だ。俺だって負けてたら同じ表情をするし、おまけに文句も言うだろう。
 そう、俺だって嫌だったのだ。
「なあ、代わろうか」
「いやいや。だってジャンケンで負けたの私だし!」
 気づいたら勝手に喋っていた。後先考えるよりも先に、たった今閃いたことを声にだしていた。周りにいた奴らが、お前そんな奴じゃないだろ、って茶化してくる。
 周りの奴らの言う通りだ。俺は大層な人間ではなく、そこら中にいる軽薄で軟派な男子高校生。面倒なことなんて引き受けたくもないし、できれば関わりたくない。それなのに、もう言ってしまったから後には引き下がれない。
「本当に言ってるの?」
「まあ」
「……でも悪いでしょ?」
「いいよ。俺が言い出したんだから、代わる」
 そうこうしているうちに先輩が二年の学年代表のところに俺の名前を書き入れていく。俺の周りで茶化してきた奴らはさっさと席についたが、彼女は立ったまま俺を見上げていた。見て見ぬ振りをして俺は元の席に座った。あの場でそれ以上気の利いたことを言える気がしなかったからだ。
 委員会がお開きになった時、スポーツバッグを肩に通しながらだるい体を起こしていると声を掛けられた。
「矢巾君さっきありがとね」
「気にしないでよ。俺が勝手に言い出しただけ」
「うん。今度お礼させて」
「えっ!?」
「……そんなびっくりすることじゃないでしょ。さっきは矢巾君のおかげだもん」
 彼女の言葉を聞いて、良かった、迷惑になってなかったと安心できた。朗らかに微笑む彼女に、かわいいなあと思った。俺、完全に一目惚れしてるんじゃないのか、って錯覚した。いや、錯覚じゃなくて、これは完全に恋に落ちてる。我ながら簡単すぎる一目惚れに、高揚感よりも恥ずかしさが上回る。
 春の柔らかい夕焼けに照らされた彼女がまた一段と違うように見えるのは、きっと、魔法のフィルター越しに見ているのに違いない。
「またあとで矢巾君のクラス行くから覚えててよ。私に会って、覚えてないとかナシだからね」
 先に教室を出て行こうとする彼女は元気よく言う。あれ、こんな一面もあるのか。それもそのはず、彼女とは知り合ったばかりだ。でも、次会う時に忘れるとか絶対にない。最初の印象がついて回るのだ。
「そっちこそ俺のこと忘れないでよ」
 ああ、かっこわるい。でも、俺が忘れなくても彼女に忘れられたら終わりだ。告白もしてないうちに振られた気分になってしまうかもしれない。
「もちろん。今日の矢巾君かっこよかったから忘れないって。じゃ、部活頑張ってね」
「……おう」
 そうして彼女は教室を出て行く。
 ばくばくと心臓を打ち鳴らす俺は、そこから動けなくなってしまったのだった。

***

 まだきっちりかっきり覚えてるんだから重傷かもしれない。口に含んだパンに水分を奪われながら思う。
 それでも今隣にいるからいいか。
「矢巾君は時々かっこいいから困るんだよね」
「時々なの」
「うん。それがいいの」
 照れたように笑う姿が、最初の頃と重なる。あの時から、彼女の印象は変わらないまま、関係だけ変わっていく。
 レッドじゃなくて、グリーンでもイエローでも彼女の隣ならそれでいいと思えるくらい、俺はとっくに惚れ込んでいた。


inserted by FC2 system