No.010

さよなら僕のアオイハル



「片づけまで終わってんだ」

紅白の幕がはがされ、いつも通りの姿になった体育館。ここに伊達工の制服を着て立つのは今日が最後になる。次にここに来るときには、生徒ではなくOGという立ち位置になることに、違和感しか感じない。式の後の最後のホームルームも、そのあとの友達との挨拶も終わった。男子ばかりの工業高校だからか、別れも割とさばさばしていて中学のように何時間も学校にいるなんてこともないし、そもそもホームルームから時間をあまり空けずに部活に呼ばれているのだ。みんなそんな暇がないって言った方が正しいかもしれない。

「っていっても…もにに何も言わずにここにいる時点で怒られるかもしれないけどねぇ」

集合、というか呼ばれているのは視聴覚室だ。それは卒業生も在校生もわかっているから、少なくともバレー部で体育館に来る人なんていないだろう。他だって同様で、強いて言えばさっき体育の先生とすれ違ったくらい。クラスによってホームルームの時間は変わるけれどそろそろどのクラスも終わった頃だろうか。

「怒られる『かもしれない』じゃねえっすよ、マジでこっちは怒ってんだから」

ふいに第三者の声がしてびっくりして振り返ってみれば、珍しく肩で息をする二口がいた。在校生は教室の準備とかいろいろあるんじゃないの、と聞けば他の先輩はもう揃ってるし、あんた探して来いって鎌先さんにケツ蹴られたんすよと言い返されてしまった。

「んで?元キャプテンにも俺にも一言も告げずに、チームメイトたちにもだまってこんなとこいて、何してたんすか」

さっき体育の石山がすれ違わなけりゃ俺無駄に校舎内走り回るとこでしたから。そういわれれば、ごめん、と言わざるを得ない。

「…いきますよ。みんな待ってる」

そういって背中を向ける二口の背中は、当たり前だけれど、入学したときよりも確実に大きく、頼もしくなっていた。憎たらしい後輩は、これまでの経験を糧に、より強くなっているんだろう。次のインハイ予選が楽しみだなあなんて思いながら、二口の後をついていく。

「二口どこ行くの?」
「…普段超が付くほど鈍感なくせに変なところで敏いの、どうにかした方がいいと思いますよ」
「こっち部室棟しかないよ。玄関はあっちだよ?」
「アンタどうせその泣きそうなツラでみんなの前立つのいやなんでしょ。仕方ないからちょっとだけ付き合ってあげますよ」

そういって、まあここまできたら想像通りバレー部の部室を開ける。引退してからここに入るのは初めてだけど、ちゃんとキレイにされているのをみて、舞が頑張ってくれてるんだな、と実感する。マネージャーとして唯一無二の可愛い後輩は、きっともっと優秀に育つだろう。それこそ、私なんかの比じゃないくらいに。

「ほら、来いよ」

そういって腕を広げる二口。あはは、後輩が何タメ口きいてんの、と笑うと今は後輩じゃなく彼氏なんで、と言われてしまう。部室でそれは無いんじゃない?と思えど、腕を広げる二口の肩におでこを置く。

「思えばアンタだけ引退したときも泣かなかったし、心配だったんすよ」
「皆だって泣いてー…ああ、部室の前でもにたちが泣いてるの盗み聞きしてたのか」
「うるせえ。今そういう話してねえだろ。黙ってそのまま泣いてろよ」

泣いてるなんて言ってない。そう反論しようとしても、鼻をすすりながらじゃ説得力も皆無だろう。黙って肩借りたままでいる。後悔はたくさんある。たらればを繰り返しても何にもならないことは分かっているけれど、どうしても思ってしまうんだ。
それでも唯一、伊達工のバレー部に入ったことを何ら後悔していないんだから幸せなんだろう。そう自分に言い聞かせているけれど、溜まりに溜まった未練は涙という形で溢れ出す。

「…もっと、ちゃんとマネージャーやりたかったっ!!!」

そう漏らすと、いままでぽんぽんと頭を撫でてくれていた二口の動きが一瞬止まる。頭を上げようとする私を片手で押さえたまま「この部室」と二口が口を開く。

「茂庭さん達が引退してから1年も使うようになった。あいつらが遠慮して物置かなかったってのもありますけど、基本滑津が掃除してくれてんすよ」
「?そりゃあんたらにこんだけキレイな掃除は出来ないでしょ」
「うるせ。まあ確かに、滑津はちゃんとやってくれてる。もしかしたらアイツの方が優秀かもしんねえけど、それでもアイツよく言ってますよ。『先輩みたいなマネージャーになることが私の目標だ』って」
「っ!!…舞、バカじゃん。目標どころかもうすっかり越えられてるよ」

いい後輩を持ったもんだ。自分を追いかけてきてくれる後輩がかわいくないわけがない。そんな後輩は、もう私よりもはるか上、眩しくてとてもじゃないところまで行っているのにもかかわらず、私たちの幻影を追いかけてくれている。

「俺だって茂庭先輩みたいにチームを引っ張れるかって言ったらまだまだできないことだらけだし。追い越した?バカ言ってんじゃねえよ、まだまだ届かなすぎて、血反吐吐く思いで手ェ伸ばしてんだ」

こう言われて、嬉しくない先輩はいるのだろうか。泣かない先輩はいるのだろうか。少なくとも私はこの後輩が、どうしようもなく愛おしく見えるのだ。そんなに慕ってくれてるのに、いつまでもグダグダ、言ってられないよね。顔を上げて、ブレザーで思い切り目を擦る。ひりひりするけれど、そんなの構いはしない。

「ありがとう、二口。もう平気」
「…んじゃ早く行くベや。皆待ってんだよ」

入ってきたときと逆で、今度は私が二口の手を引く。想い出が詰まったこの部室ともお別れだ。ありがとう。一言だけ呟いてドアを閉めた。


☆☆☆


「おせーよ!どこほっつき歩いてたんだよ!!」
「ゴメンゴメン。懐かしくなって校内徘徊してたとこ、二口に保護されてさぁ」

何やってんだ、とかまちが私の頭を容赦なく引っぱたく。口ではあーだこーだ言いながら、大して怒ってないんだからツンデレだよね。女子相手に思い切り引っぱたくってのはいただけないけど。
多分、私の目が赤いのは皆…あ、ゴメン嘘ついた、かまち以外は分かっていると思う。でも何も言わないのは、まごう事なき優しさだ。なんて思っていたらいつの間にか皆が列になって私に向き合っていた。

「引退の時も言ったけど。マネージャー」
「「3年間、お世話になりました!!」」

1、2年だけじゃなく3年まで全員に頭を下げられる。なにそれ訊いてない。慌てていると、舞が大きな花束を持ってきてありがとうございましたと私に渡してくれた。どういうこと?と問うと、俺たちでカンパして買ってきたんだよ、花のチョイスは滑津だけど。なんてもにが言う。3年はありがとうを言われる側じゃん、なんてツッコミをしながら涙を必死に堪えて、なんとか笑顔を作る。

「お礼言うのは私の方!最後の最後まで格好良すぎなの、やめてよ!」
「マジでお前には感謝してんだよ。3年間ありがとな。っつーか、普段お前の方がかっけーこと多かったんだからこれくらい格好つけさせろよ」

優しく笑うもにに、我慢していた涙も溢れてしまう。こんな皆の目の前で泣くつもりなんてなかったのに。

「あー、茂庭さんが俺の彼女泣かしたー」
「えっ二口ちが、え、俺のせい!?なんか変なこと言った!?女子に格好いいって嬉しくなかったとか!?」
「おい二口どうにかしろよ!」
「泣かしたん先輩たちなんで、俺は知りませーん」

…でも、涙が止まらない私を見て慌てている皆を見れたから、少しは仕返し代わりになれたのかもしれないなんて思う私は性格が悪いのだろう。

「ありがとう!このバレー部の一員になれて、幸せだった!」

そういうと、みんなが笑って私の頭をこねくり回しやがった。

ありがとう、私のヒーローたち。



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