No.001

恋はどこにだって隠れているの



彼が一際目を輝かせる瞬間があった。まるでアメリカのカッコいいヒーローを見ているかのような、羨望と野心を感じるような輝いた瞳だ。小さいころから生活の一部を共に過ごしてきた幼馴染は、高校生になってもその輝きを失わずにその映像を一心に見ている。もう何回目かもわからないプロのバレーボール選手の試合映像を何度も巻き戻し、同じシーンに魅入っては感嘆のため息を漏らす彼の横で、私は少し冷めたコーヒーを癖でふうふうと冷ました後飲み込む。そんなおかしな姿を見つかれば「もう熱くないだろ」と毎回茶化されてしまう動作も、今の彼にはきっと見えていない。

「ねえ」
「んー?」
「面白い?」
「ああ」
「ふーん」
「飽きたなら良いんだぞ、無理しなくて」
「…見るもん」
「ふーん」

何の気なしに発した私の声が聞こえていることに少し驚きながら、けれども視線は変わらず液晶テレビに向いている彼を横目で見上げれば、彼は画面を一時停止にして私を見下ろしていた。歓声に包まれていた音が止まり、聞こえるのは部屋の中で刻々と刻む壁の時計の音だけになっている。先ほどまで、彼の中では今も変わらずヒーローである彼らのハイタッチする姿を、本人は人前では絶対に認めたがらない相棒との姿に重ねているのかもしれないな、と思いながら彼を見上げ、今日は彼女とデートだからとこの場に来なかったきれいな顔立ちのもう一人の幼馴染を思い浮かべた。

「どうした」
「そっちこそどうしたの」
「何が?」
「映像止めちゃったから」
「ああ、」
「?」
「マジで詰まらなくねえか?」

頬をかきながら、少し気まずそうに視線をそらした彼に、マジでつまらなくないよ、と一言返せば、彼の意外そうな瞳が私を捉えた、そうなのか?と瞳で問われ、頷く。ハイタッチしたまま止められた映像を一瞥しながら、いつまた見始めるのだろうと待つ私の耳には、カチカチと動く時計の音がやけに響いて聞こえる。急に訪れた会話の時間に何を話そうかと言葉を探していると、先に彼が口を開いた。

「なあ」
「うん?」
「今度試合観に来いよ。練習試合だっていい」
「え、…うん」
「まだ1回も来た事ねえだろ」
「え、……うん」
「なんだよその返事」
「…あのね、一」
「あ?」

実は、と漏らした私の情けない裏返った声に、彼が少し笑う。体をゆっくりこちらに向けて話の先を促す彼の目が何故か気恥ずかしくて見れなくなって、テーブルにコーヒーを置きながら小さな声でつぶやく。

「…実は試合、観に行ってるんだよね」
「は?いつ」
「観に行けるときはいつも。…ごめん、怒ると思って言えなかった」
「なんで怒るんだよ」
「だって、学校で話しかけると冷たいし…応援に行くのも嫌なのかなって」
「それは…、お前と話してるの見つかるとバレー部の奴らが茶化すから、お前こそ嫌なんじゃねえかと思ってたんだよ」
「…ん」
「俺は別にいやじゃなかったけどな」

拗ねたような声に顔を上げれば、険しい顔をした彼が小さくうなり始めてぎょっとする。どうしたの?と尋ねれば、お前が来てるの分かってたならもっと頑張ったのに、と唇を尖らせた彼が少しかわいくて、ごめんね、と言いながら笑うと、笑うんじゃねえと頬をつままれた。

「バカ、なんで言わなかったんだよ」
「んん、ひゃっきもいったよ、」
「…わからん」
「ひゃべれまひぇん」

手を放す前に頬をつまむ手に一度ぎゅっと力を込めてから離れていった意地悪な一をにらみながら、一息おいて息を吸う。

「ねえ、はじめ。一にとって、プロのバレーボール選手ってヒーローみたいに輝いてるんでしょ?」
「いきなりなんだよ」
「だっていつも、すごいキラキラした目で見つめてる」
「そりゃ、なんつーか…かっこいいじゃねえか」
「うん」
「こんなプレーしてみてえな、とか考えるし」
「うん、」
「…それが俺の試合と何の関係があるんだよ」
「私にとって、それははじめ達だから」
「は?」

目を丸くする彼を一度見上げて、ちょっと大胆になりすぎたか、と苦笑いを浮かべながらも。もう口に出してしまっては止まらないくらい、今日の自分は思い切っているように思えた。すらすらとまるで台本でも読んでいるかのように紡ぐ言葉は自分の口から出たものではないような、どこか第三者目線でその言葉が聞こえるようでさえあった。その言葉を真正面から浴びせられている彼はどこか居心地が悪そうで、どこか嬉しそうに口元が緩んでいる。

「バレーしてる時のはじめたちって、すごくかっこいいの」
「…ヤメロ」
「聞いてきたのそっちでしょ?やめないもん」
「っ、」
「キラキラしてて、楽しそうで、でもたまにつらそうで」
「…」
「私にはわからない世界だからあこがれるし、すごいなあって、だからいつも見たくてこっそり見に行って、あーはじめカッコいいなって、」
「わかった、わかったから一旦待て」

最後に見えた彼の耳はとても赤かった。そして自覚する。きっと私も負けないくらいいろんなところが赤くなっているのだけれど、それを遮るように、いきなり彼が私を抱きしめた。「はずい」と消え入りそうな声で囁く彼に、「ごめん」と私も蚊の鳴くような声で謝る。彼はもういっぱいいっぱいなのかもしれない。普段ならこんなことは彼の性格上絶対にしないのに、今日は羞恥心さえ忘れてしまうほどのようだ。

「…そんなこと考えながら見に来てたのかよ」
「そうだよ」
「…ふーん」
「ごめん。迷惑だったら、」
「んなわけねえだろ」
「…そっか」
「でも」

ぎゅう、と私を抱く腕に力がこもった。苦しさで声をあげてしまわないように唇をかむ。だって、この状況を彼が自覚したら、その先が聞けなくなってしまうような気がしたのだ。

「さっきお前、はじめ達って言ってたけど」
「…うん?」
「これからは俺だけしか見えねえようにしてやるか…、あ、」
「…え」
「なんだこれやべえ俺何言ってんだよバカか」

すげーはずいこと言ってねえ?と独り言のようにつぶやいた彼が、やがてこの体制に気づいて弾かれた様に距離をとった。息切れのようにハアハアと呼吸を乱してすまん!と頭を下げる彼に、気づかないうちに入っていた力が一気に抜ける。笑いながら、首を横に振れば、私を気まずそうに見つめたまま一がもう一度スマン、と言った。

「今度からは一だけ見てるようにするね」
「、オウ」
「観に行く時ちゃんと言う」
「…オー」
「だから、その時は一番キラキラしててね」
「任せとけ」

顔を赤らめたまま、なぜかその言葉に自信たっぷりに笑った彼に、つられるように私も笑う。そして、少しだけ言葉がなくなったあと、ゆっくりとどこか泣きそうに顔をゆがめて、彼が私の名前を呼んだ。

「お前ってさあ…」
「うん?」
「いや、なんでもねえ。また今度言うわ」
「え、なに?私のこと大好きだって?」

今日ばかりは、彼の予期せぬ行動に当てられて私もハイになっているようだ。茶化すように聞いた言葉の大胆さに、言ってから心臓が跳ねる。そんな私を静かに見つめて、普段なら茶化されるのが嫌で「バーカ、んなわけあるか」なんて強めの力で頭をたたいてくる彼が、今日ばかりはやっぱり優しい顔で笑って言うのだ。

「好きだよ」

彼はもしかしたら、ヒーローの素質を持っているのかもしれない。だって、こんなにも眩しくてたまらない。



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